会報「CS支援」第29号 (2006.2.25)

電磁波過敏症 WHOのファクトシートを読んで
  本堂 毅さん(東北大学大学院理学研究科助手)

 

 昨年末、WHOが電磁波過敏症(EHS)に関するファクトシートを公開した。本稿では、このファクトシートの意義と課題、問題点などについて記してみたい。
 ファクト(Fact)が真実、事実を表す言葉であることからも分かるように、ファクトシートは公衆衛生に関わる研究の現状をWHO(世界保健機構)がまとめたものである。
 ファクト(Fact)が真実、事実を表す言葉であることからも分かるように、ファクトシートは公衆衛生に関わる研究の現状をWHO(世界保健機構)がまとめたものである。今回のファクトシートでWHOは、電磁波過敏症と表現される症候群が存在することを認めている(別掲の全文参照)。同時にWHOは、電磁波過敏症と電磁場曝露との間に「現時点では科学的根拠が存在しない」としている。
 WHOは今回、どのような科学的根拠(エビデンス)から、このようなファクトシートを出したのだろうか? 公衆衛生に関する研究には大きく分けて2通りの方法がある。1)疫学研究、2)実験室における研究である。実際、電磁波過敏症に関する研究は、1)の疫学と2)の実験研究の双方で行われている。しかし、ファクトシート中でWHOが「EHSの人々に関する研究」として取り上げているのは、2)の「実験室環境での研究」のみである。さらにここでは電磁波過敏症(EHS)の人々が、そうでない人々より電磁場曝露をより正確に「検出」出来るかどうか? が焦点にされている。

WHOファクトシートの問題点
 電磁波過敏症に関する研究で最も重要な点は、電磁場曝露と電磁波過敏症発症との因果関係である。そこで、ファクトシートの「EHSの人々に関する研究」をみてみよう。そこには「研究の大半は、EHSの人々は、EHSでは無い人々よりも、電磁界曝露をより正確に検出できるわけではないことを示唆するものでした。」とある。さて、電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係にとって、患者が電磁場を「検出」できることは本質的なのであろうか?
 患者が電磁場(界)曝露を「検出」できる能力と、電磁場が原因でEHSの症状が発生することは元来異なった話である。検出できようとできるまいと、電磁場を原因としてなんらかの症状が生ずるか否かが問題なのである。それは、私たちがウィルスに「感染した」ことを「検出」出来なくても、結果としてインフルエンザに掛かりうることと同じである。この点がWHOのワークショップにおいても議論済であることは、ファクトシートの「更なる読み物」にあるWHO workshopのMueller(スイス、ETH研究所)の発表からも明らかである。従って、電磁場曝露の検出能力を電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係を否定する科学的根拠であるかのようにWHOが記していることは、科学的に誤りである。また、「二重盲検法により実施された研究では、症状が電磁場曝露と関係していないことを示してきました」との記述があるが、2003年にオランダ経済省のTNO研究所が行った電磁波過敏症に関する二重盲検法による研究では、症状と電磁界曝露の間に統計的有意な相関が認められている。今回のファクトシートの科学的文献のレビューが適切であったか、恣意性がなかったか疑問を持たざるを得ない。
 生物物理学的研究より、電磁場はその強度が同じであっても周波数等によって生体に引き起こす影響が異なることが明らかである。従って、曝露条件がそれぞれに異なる個々の研究によって過敏症への影響の有無が分かれたとしても、それは研究結果の不確かさを意味するものではない。本ファクトシートを読む限り、WHOの電磁界プロジェクトの委員たちは、物理学的基礎知識を持ち合わせていないようである。

科学的根拠とは?
 今回のファクトシートでWHOは、「EHSと電磁界曝露の間には現時点では科学的根拠が存在しない」と述べている。さて、ここでいう「科学的根拠」とは何であろうか? 日常レベルの電磁界曝露が、生体に様々な生理学的影響を与えていることは既に明らかである。また、木俣肇博士のアレルギー反応に関する研究を始め、電磁波過敏症に関係する健康影響を統計的有意に認める疫学的、実験的研究も少なくない。この意味で電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係を疑うことに、十分な科学的理由(根拠)が存在する。しかるに、本ファクトシートではこの事実(ファクト)が全く言及されていない。これらの理由から、WHOが用いた「科学的根拠はない」は不適切な表現と言わざるを得ない。WHOは「電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係を認める研究があるが、一方で、現時点では研究者間で確立された結論には到達していない」等と正確に述べるべきである。
 WHOが行うべきことは、市民の誤解を招くような(ミスリードするような)表現を行うことではなく、科学的事実(エビデンス)を隠さずバランスよく市民に示すことである。EBM(科学的根拠に基づく医学)における患者と医師の関係と同様に、市民社会全体がevidence(エビデンス≒ファクト)を共有し、その下で価値判断は市民自身が行うというのが近代市民社会の前提である。WHOはこの基本を忘れてはならない。

今後の課題
 今回のファクトシートでWHOは、上に述べたように実験室における研究のみに焦点をあてている点で科学的に公平ではなく、結論に至る論理も不明瞭である。前出のチェコにおけるWHOワークショップでAhlbom(スウェーデン、カロリンスカ研究所)が述べているように、実験室における研究では、電磁場曝露の即時的、あるいは短時間影響しか評価出来ない。携帯電話基地局のような「長時間曝露」の影響はむしろ、1)の疫学研究によって評価出来る類の問題である。
 電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係については、その症状を訴える患者、WHO双方に(養老孟司氏のいうところの)「あうすればこうなる」式の、過度に単純化した考え方があり、これが真の理解を妨げ議論を混乱させている。専門家であるところの、WHOの電磁界プロジェクトの現委員は、本ファクトシートを読む限り、1)電磁場の生体影響を議論するに十分な学識がない。あるいは2)学識があるなら公平な科学的・論理的議論を行っていない、のいずれかということになる。WHOは電磁界プロジェクトに対し、十分な学識を持つ委員を選出し、科学的に妥当かつ公正なプロジェクトを遂行させる義務がある。そのためには、市民もWHOの活動の公平性をチェックし続ける必要があるだろう。

注)ファクトシートの日本語訳では“Electromagnetic field”の日本語訳として「電磁場」ではなく「電磁界」という言葉が用いられている。科学の世界では一般に電磁「場」を用い、産業界やエンジニアの世界では電磁「界」を用いる。また「電磁波過敏症」で議論される曝露源は、高周波電磁波のみならず、低周波磁場等も含む。低周波磁場などは狭い意味での「電磁波」に含まれないので、より広い概念である「電磁場(界)」が適当である。


公害等調整委員会 住宅地での農薬散布やめさせる調停
  (CS支援センター事務局長)

 

 近隣でまかれる農薬(除草剤、殺虫剤)によって健康被害を受けたとして、東京都日野市の住民が、近隣で農薬をまく3名を相手取り、国の公害等調整委員会(公調委)に責任裁定を申請した件で、公調委は昨年11月、原則として農薬を使用しないこととする調停を行いました。近隣の農薬に悩む化学物質過敏症の方にも参考になると思われます。
 公調委は、公害紛争処理法に基づき、公害紛争を民事訴訟で争った場合よりも、迅速かつ安い費用で解決することを目指して設置されており、「あっせん」「仲裁」「調停」「裁定」の四つを行います。
 あっせん:公調委が当事者の自主的解決を援助、促進する目的で、その間に入って仲介し、解決を図る。
 仲裁:裁判所で裁判を受ける権利を放棄して解決を公調委にゆだね、その判断に従うことを合意し(仲裁契約)、その判断によって解決を図る。
 調停:当事者の話し合いを積極的にリードして双方に譲歩させ、それに基づく合意よって解決を図る手続で、一番多く利用されている。
 裁定:損害賠償責任の有無・賠償額に関する法律的判断(責任裁定)や、被害と公害との間の因果関係に関する法律的判断(原因裁定)をすることにより解決を図る。
 これまでの例では、東京都杉並区の不燃ごみ中継所による、いわゆる「杉並病」の被害者が公調委に原因裁定を求めました。公調委は、ごみ中継所と一部の住民の健康被害との因果関係を認める裁定を2002年6月に行いました。また、昨年6月には、ホームセンターで購入した集成材で作った机で、化学物質過敏症になったとして、奈良県大和郡山市の20代の男性が、公調委に原因裁定を申し立てました。
 近隣の農薬が問題になる場合、当事者間の話し合いや、自治体の担当者、保健所などの協力を得て解決できれば理想的です。でも、どうしても解決できない場合は、このような制度の活用の検討が必要になるかもしれません。

 

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