会報「CS支援」第27号 (2005.10.28)

日弁連による 「化学物質過敏症に関する提言」について
  (弁護士)

 

 日本弁護士連合会(日弁連)は、日本のすべての弁護士が会員となっている組織ですが、その活動の一環として、人権擁護に関する様々な活動、各種法律改正に関する調査研究・意見書提出などの活動、消費者被害救済や公害・環境問題への取り組みなどを積極的に行っています。このたび私は、この日弁連の公害対策・環境保全委員会にある化学物質部会のメンバーとして、本年8月26日に日弁連で採択された「化学物質過敏症に関する提言」を取りまとめる機会を得ましたので、この提言についてご説明いたします。

※この続きは、会報27号をご覧ください。

シックスクール 保土ヶ谷高校での経過と問題点

 

 神奈川県立保土ヶ谷高校(横浜市)の雨漏り改修工事によって、教職員2名が体調を崩し「化学物質過敏状態」と診断され、多くの生徒にも健康影響が出ました。このシックスクール問題の経過や問題点をまとめました。

保土ヶ谷高校事故を追って」(横浜市議)

 私が、アレルギー、シックハウス等の問題をライフワークとして取り組んで来たため、人を介して5月に保土ヶ谷高校の関係者と会った。その日から県立保土ヶ谷高校の化学物質汚染事故について独自調査を進めてきた。事故については新聞で知り、気になっていたので私には運命的な出会いと思えた。

保土ヶ谷高校の事故の経緯
 昨年4月の強風の折、屋上の防水シートがはがれ雨漏りが発生した。9月に防水工事が行われた。その時点から、直下の音楽室や書道室で勤務している教師が異臭を訴えた。しかし工事はそのまま続けられ、複数の教師がめまいや平衡感覚の異常、手先の痺れ等体調不良を生じた。換気扇の取り付け工事も行われたが、有害物質がたまっている屋根裏につけるべきものを教室内につけたために、有害物質をかえって教室内に引き込む結果になった。VOC(揮発性有機化合物)の検査が行われたのは11月になってからだった。12月1日に学校薬剤師が測定したところ、トルエンが音楽室で1200μg、音楽室の天井内で1500μgと、指針値(260μg)をはるかに上回る高濃度だった。その後、検査を繰り返していたが、今年の4月下旬、急に気温が高くなると、生徒数十人が頭痛や吐き気を訴えて事故が新聞報道された。学校が行ったアンケート調査では660人中308人が体調不良を訴えた。工事箇所にあたる棟が閉鎖され教室を移して授業が行われた。授業の平常化を急ぐ中、事故原因や責任の所在が究明されないまま、今年の夏休みに対策工事が行われた。10月初旬に工事は終了し、安全確認を待っている状況にある。
 2人の教師が「化学物質過敏状態」と診断され5月末に学校を転任した。「経過観察」の必要な子どもたちがいる他、湿疹、頭痛等の体調不良を訴える教職員もいる。

ひび割れ処理が不完全なままの防水工事
 昨年行われた防水工事の資料を入手して建築家等に意見を聞いたところ、異口同音にコンクリートクラック(ひび割れ)処理の不備が指摘された。つまり、ひびわれの周りをカットしてコーキング材を完全に注入する等の処理をしないで工事を行ったために、有機溶剤が室内にしみ出した欠陥工事の疑いが強い。
認識の甘さが大きくした被害
 教職員は、教育委員会に対して被害状況を訴え続けてきた。最初の時点で訴えを重く受け止め、迅速、適切な対応がとられれば生徒への被害の拡大は防げ、長期にわたる教職員の精神的な苦痛も軽減されたはずだ。しかし、保土ヶ谷高校では検査結果に信頼が得られず時間が費やされ、対応が後手に回った。

学校環境の改善が子どもの健康を守る
 現在、全国でアスベスト使用の実態調査が行われている。横浜市でも、学校最優先に専門家による立ち入り調査とサンプル採取が行われ検査機関にまわされ、結果が公開されている。まずは、きちんとした実態調査が重要だ。
一方で、安全を保障するはずの指針値とは曖昧なものだ。今まではアスベストも5%以下の含有率では無害とされてきた。VOC検査の指針値も目安と捉えるべきだ。保土ヶ谷高校でも指針値をクリアすることが目的化されている。大切なのは「健康」でそのために「危ないものは極力避ける」姿勢だ。EUでは既に、この『予防原則』を盛り込んだ法制度が検討されている。
 私は、皆さんの「いつもと違う」「おかしい」という訴えが、母親の胎内にいる時から有害化学物質にさらされ、一段と過敏になっている生徒の健康を守ると考えている。過敏な子どもが増えている。一方、学校の職場環境は、シックスクールについての被害を言い出しにくい状況にあるのではと懸念される。是非とも教職員の皆さんには、子どもたちのために、シックスクール等の問題を重要視して、学校環境の改善に務めていただきたい。

雨漏り補修工事と対策工事の問題点」 尾竹一男(CS支援センター理事、尾竹一男建築研究所)

 シックスクールを引き起こした保土ヶ谷高校の雨漏り補修工事について、県教委の担当者は保護者説明会で「一般的な工事の方法だった」と説明していました。しかし、今回の問題は「一般的な工事方法」が常に抱えている問題点が下地になり、その上に今回に固有の問題点が重なって引き起こされたと言えます。

固有の問題点
 まず、今回に固有の問題点です。
 雨漏りがあった屋上の補修のため、屋上の防水層(防水塗装)をはがした後、キシレンなどの有害物質を含むプライマー(防水層をコンクリートに密着させるための下塗り剤)を塗ったのですが、屋上のスラブ(コンクリート床)にクラック(ひび)がたくさんあったため、プライマーがクラックから染みこみました。プライマーの上に新たな防水塗装をしたことにより、プライマーに含まれるキシレンなどが屋上から揮発できなくなってスラブ内に滞留し、直下の書道室・音楽室の天井内へ降りてきて、さらに教室内へ降りてきて汚染したものと考えられます。
 施工者は、防水塗装をはがした時点で、たくさんのクラックを見つけたはずなのに、クラックをきちんと処理しないで工事を進めてしまったことが、今回の問題の一番の原因でしょう。
 資料によると、施工した範囲には幅0.2〜0.6mmのクラックが、長さ合計47mもありました。幅0.2mm以上のクラックがある場合、建物の構造に影響が出ていないかを疑うべきです。つまり、雨漏りどころの騒ぎではなく、校舎の構造自体が弱くなっていて、地震などに耐えられなくなっていないかを、調べる必要があったわけです。
 保土ヶ谷高校では、シックスクール問題が明らかになってから、事後的にスラブのコア抜き(コンクリートの一部を採取すること)をしてコンクリートの強度を検査しましたが、本来は工事を行う前のクラックが見つかった時点で行うべきでした。
 これほどたくさんのクラックがあったわけですから、プライマーがどんどんクラックに染みこんでしまい、予定より相当たくさんの量のプライマーを使い、相当たくさんの有害物質が校舎に注ぎ込まれたのではないでしょうか。こうした工事を許し問題点を見逃した設計監理者の社団法人神奈川県土地建物保全協会や、発注者の県教委の責任問題にもなるでしょう。

一般的な問題点
 次に、一般的な問題点についてです。
 現在の一般的な防水工事では、どうしてもウレタンやキシレンなどの有害物質を含むものを使わざるを得ません。
 家庭用塗料を使った塗装作業場所の近くで化学物質濃度を測定した研究があります(深堀すみ江ら、労働科学59巻6号、1983)。これによると、換気をしていても、作業者の2m後方でキシレン濃度が2〜5ppmになりました(厚労省の指針値は0.2ppm)。
 このようなデータを見るまでもなく、塗装現場の近くでは、有害物質濃度が相当上がることはだれでも経験的に分かることでしょう。学校の屋上の防水工事という、教室から至近距離で作業を行う場合は、放散された有害物質が窓から教室へ入ってくるなどの恐れがあります。だから、夏休みなど先生や生徒がいない時に工事を行うのが当たり前です。
 しかし、保土ヶ谷高校では、音楽や書道の授業で生徒がいる時に、工事を行ってしまいました。しかも、音楽や書道の先生は長い時間、工事直下の教室にいて、発症してしまいました。
 加えて、工事で有害なものが使用されることについて、事前に教職員や生徒に一切説明がなかったそうです。
 県教委によると、保土ヶ谷高校のほかにも同様の防水工事を8校で行ったが、問題は起きていないそうです。危険なものが使用されることが説明されず、生徒や教職員が危険性の認識を持たない中で、授業の最中に工事を行われていたとすれば、それは、たまたま幸運にも問題が起きなかっただけでしょう。

対策工事の問題点
 汚染状況から回復させるための対策工事として、県教委は、天井裏にダクトを設置して有害物質を吐き出させるとともに、スラブの下に化学物質を封じ込めるフィルムを貼り付け、改めて防水工事をやり直しました。
 スラブ自体には手をつけなかったため、まだ大量の化学物質が残っていると思われます。フィルムは書道室、音楽室の上のスラブの下を中心に、多少範囲を広げて貼り付けましたが、すべての教室や廊下の上のスラブの下には貼り付けません。
 残っている化学物質は、防水シートによって上へは出にくく、フィルムによって下へも出られないので、水平方向に移動するしかありません。フィルムがない場所から天井内へ降り、さらに他の教室や廊下へ降りてくる恐れがないとは言えません。化学物質がゆっくりと移動して、1年後、2年後になって再び汚染が起きるかもしれないのです。
 もし僕が保土ヶ谷高校の対策工事を設計をしたら、屋上に新しい防水層は作らず、金属か何かで屋根を作って覆います。防水層を作らないことで、コンクリートに染みこんだ有害物質が上へ揮発しますし、屋根があれば雨漏りも防げます。少々突飛な方法かもしれませんが、できるだけ化学物質を使わないで雨漏りを防ぐために、また、今回の場合は、有害物質が染みたコンクリートを乾かさなければならないという特別な事情もあるわけですから、既存の手法にとらわれずゼロから考えれば、このような手法に行き着くのではないでしょうか。しかも、この方法なら、県教委が行った方法より費用も安く済んだはずです。
 僕は保土ヶ谷高校の件のためにお願いして松沢成文知事に会って、その後、知事部局の化学物質の担当課長にも会って、この方法を提案しました。しかし、県教委は「シックハウスの権威の先生が安全だと言っているから」とのことで、将来に不安を残す工事方法を選んでしまいました。(談。まとめ・CS支援センター事務局長)

「事故への対応の問題点」(CS支援センター事務局長)

 保土ヶ谷高校の雨漏り補修工事によるシックスクール問題について、5月7日土曜日に開かれた県教委主催の保護者説明会。すでに教員2名が健康被害を受けていましたが、新たに多数の生徒にも健康影響が出たことを受けて開催されました。会場の保土ヶ谷高校体育館には、大勢の保護者が集まりました。
 県教委の教育財務課長らが問題発生について謝罪するとともに、臭気が発生している校舎の北棟3階、西棟5階を封鎖したことなどを説明しました。また、今後の対策として、生徒の健康調査や、対策工事実施などを提案しました。また、週明け以降は、9日の月曜日は2時間だけホームルームなどを行い、火曜日は遠足とするが、11日の水曜日以降は6時間授業を行うと説明しました。また、県教委が「県立学校施設整備に伴う室内化学物質対策検討委員会」(委員長は教育財務課長)を設置して、今回の原因究明と再発防止策について検討する、としました。
 続いて、芸術科の教員が経過を補足説明しました。芸術科の教員2名が体調を崩し、3月に北里研究所病院で「化学物質過敏状態(シックスクール症候群由来の疑い)」と診断されたこと、学校や県教委へ問題を指摘し対応を求めたが、適切で十分な対応や情報公開が行われなかったことがあったと、関係者の実名を挙げて厳しく指弾しました。
 これらの説明を受け、集まった保護者から怒りや不安の声が爆発しました。「問題発生の原因は何か」「なぜここまで長引いているのか」「危険なものが出ているのに授業をするというが、心配なので子どもを登校させたくない」「対策工事は安全なのか」「芸術科の先生が納得する工事方法にしてほしい」「問題を起こした当事者が対策委員会の委員長になるのは、おかしい」「芸術科の先生に報復人事したら承知しませんよ」。保護者からの質問や要望が相次ぎ、午後1時半からの説明会は予定の1時間をはるかに超え、8時過ぎまでに及びましたが、ほとんどの保護者が帰らずに残っていました。
 昨年9月の雨漏り工事と異臭発生から、すでに8カ月。教員による内部批判という捨て身の訴えもきっかけになり、子どもを守りたいという親たちの願い、怒りが、ようやく県教委、学校側を動かしました。しかし、それはあまりに遅すぎ、また、その後の対応も十分でなく、さまざまな問題が残っています。問題解決や再発防止を期して、そのうちいくつかを指摘してみたいと思います。

生徒への健康影響が非公表
 学校が5月2日に実施したアンケート調査では、全校生徒660人中、308人が何らかの症状を訴えました。5月26日には、学校医や応援の医師により、生徒全員の健康診断を行い、うち26名が「専門医での受診が必要」と判断され、国立病院機構相模原病院で受診することになりました。同病院の態勢の制約から、8月までかかって26名が診察を受けました。
 しかしながら、26名の診断結果については「個人情報」として、公式には一切公表されていません。問題が起きれば、その被害状況を公表するのはごく普通のことです。「台風○号の影響で死者不明○人」といった発表、報道が日常的に行われていますが、個人情報を侵害するものではありません。
 シックスクール、シックハウスによる症状は、他の原因でも起こりうる症状ばかりなので、保護者が知識を持って子どもを注意深く観察したり、専門医が診断しなければ、見過ごしてしまう恐れがあります。情報が公表されず、生徒や保護者が問題意識を共有できない状況の中では、生徒の健康影響が見過ごされてしまう恐れがあるのです。

発症生徒の情報は校内で共有すべき
 シックハウス症候群、化学物質過敏症や、それらが疑われる生徒に対しては、校内で出来る限り化学物質に曝露されないよう、教職員やクラスメイトらが配慮しサポートする必要があります。
 しかし、6月25日に行われた保護者説明会で、芸術科の教員は「体調影響が出ている生徒はだれなのかなどについて、私たち教職員にも情報が公表されていないので、必要な配慮を行うことができない」旨、発言しました。これに対し、教育財務課長に代わって県教委のこの問題の対応担当者となった学校教育担当部長は、「発症生徒について、校内で当然情報を共有すべき」旨の見解を示しました。
 その後、校内できちんと情報共有と対応がなされているのでしょうか。そうでないとすれば、生徒は症状をいっそう悪化させてしまう恐れがあります。

見過ごされている生徒はいないか
 先に書いた通り、全校生徒への校医等による健康診断の結果、専門医療機関での診察が必要なのは26名との結果でした。しかし、この健康診断だけでは、要検査の生徒の選別方法としては不安が残ります。
 なぜなら、シックハウス症候群、化学物質過敏症について、多くの医師は知識を持っていないからです。6月25日の保護者説明会で、保護者から「子どもは皮膚に症状が出ているが、健康診断で『皮膚科の症状はシックハウスとは関係ない』と言われた」旨、発言していました。もちろん、シックハウスにより、炎症などの皮膚症状が起きたり、アトピー性皮膚炎が悪化する場合もあります。このことからも、専門医で診察を受けるべき生徒が健康診断できちんと選別されず、漏れている恐れがあることがうかがわれます。
 何らかの症状が出ているのに医療機関での一般的な検査で異常がない生徒は、ぜひ化学物質過敏症の専門医療機関に受診されるよう、おすすめします。

新たな被害者は出ていないか
 5月14日の保護者説明会で学校教育担当部長は、「現時点で症状が出ていない生徒については、将来の健康影響については心配しなくてよい」という、化学物質過敏症の専門医のコメントを紹介していました。
 しかし、5月以降も、校舎は天井内などに大量の化学物質を保持した状態でした。発生源は封鎖されたとはいえ、微量の化学物質は漏れていたと考えられます。また、その後の対策工事による影響も絶対になかったと言い切れるでしょうか。微量でも繰り返し化学物質に曝露された生徒の中から、新たな発症者が出る恐れがまったくない、とは言えません。
 こうした可能性にも留意しながら、生徒から体調不良の訴えがあった場合などは、適切に対応していく必要があります。

教職員の被害
 「化学物質過敏状態」と診断された教員2名は、2月ごろから授業できなくなっているとのことです(保護者説明会での配布資料より)。シックハウス症候群、化学物質過敏症による労災、公務災害の認定については、これまで認定されたケースもありますが、不当にも認定されなかったケースもあります。2名が認定されるよう、県教委は尽力すべきです。

検討委員会の構成
 県教委が設置した「県立学校施設整備に伴う室内化学物質対策検討委員会」は、保護者からの批判を受けて、県教委職員だけではなく外部の医学・建築関係者を「専門委員」として加えました。また、委員長は教育財務課長ではなく、学校教育担当部長になりました。しかし、化学物質過敏症、シックハウス症候群に詳しい医師は含まれていません。

県教委の体質
 県教委のこの問題への対応には、真剣さが感じられません。問題をできるだけ小さくしようとする意図が感じられます。この問題を取材した新聞記者によると、県教委の担当者は「大した問題ではないのに、一部の教員が騒いでいる」というような態度だそうです。
 情報公開についても消極的です。被害者の教員側の求めに応じて事故原因となった工事内容の資料が提出されたのは、臭気発生から3カ月も経過した12月17日でした。それも、資料を渡しただけで内容の説明はなかったそうです(保護者説明会での配布資料より)。
 県教委や学校にシックスクールについての知識がなかったことも問題ですが、県教委の組織のあり方にも問題がありそうです。

 

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