会報18号(2004.4.25)

厚労省、環境省の研究班がそれぞれ報告書 「MCS否定できぬ」のなら発症者対策を
   網代太郎(CS支援センター事務局長) 

 

 環境省研究班による「本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書」の要旨が、2月13日に発表されました。また、厚生労働省研究班による「室内空気質健康影響研究会報告書〜シックハウス症候群に関する医学的知見の整理〜」も、2月27日に公表されました。

環境省の唐突な「推察」
 環境省の研究班は、化学物質過敏症(同研究班は「本態性多種化学物質過敏状態」と呼んでいます)の解明を目的とし、報告書の公表は3回目です。前回は、2000年度の報告が01年8月に出されました。今回は、01、02年度の報告です。実は、本稿執筆時現在では、報告書そのものの印刷が出来上がっていません。環境省のホームページに掲載された報道発表のみに基づいた、とりあえずの評価であることを、おことわりいたします。

 この研究班は、化学物質過敏症(MCS)と診断された方々へのホルムアルデヒド負荷試験(二重盲見法)と、動物実験を、それぞれ行っています。報告書概要は、このうち負荷試験について「曝露と症状の発現との間に関連性は認められなかった」として、「このことから、いわゆる化学物質過敏症の中には、化学物質以外の原因(ダニやカビ、心因等)による病態が含まれていることが推察された」としています。「化学物質以外の原因」という、この病気について重大な記述が、このように唐突に出てくることに、驚きと怒りを覚えました。
 前回の報告書が出た際にも指摘しましたが(会報3号参照)、負荷試験は、発症者に負担にならないよう、症状が出るかどうかの低濃度で行われているとのことです。しかも、たとえ低濃度であっても、発症者は普段避けている化学物質をわざと吸わされるので、実験前から精神的ストレスとなり、自覚症状に影響する恐れがあります。こうしたことに留意されているのでしょうか。「カビ、ダニ、心因等」という言葉が飛び出してきた根拠は、報告書本文にどう書かれているのでしょうか。
 さらに、報道発表の添付資料には、負荷試験の際の、光刺激による瞳孔検査で「プラセボ(化学物質なし)負荷では変動が少なく、ホルムアルデヒド負荷で変動が激しかった」など、因果関係を裏付ける可能性があるいくつかの検査所見も示されています。このことからも、報道発表の表現は、納得できるものではありません。
 一方でこの報道発表は、動物実験結果からは「MCSの存在を否定し得なかった」としています。

厚労省研究班の「医学的所見の整理」
 厚労省の研究班は、室内空気質の健康影響について、これまで実施されてきた調査研究で得られた「医学的知見」を整理することが目的とのことです。報告書は、概要を厚労省のホームページで読めるほか、「室内空気質と健康影響〜解説シックハウス症候群」というタイトルで「ぎょうせい」から出版されており、出版社や書店に注文して購入できます(税別3,800円。CS支援センターでもご注文を承ります)。

 報告書は、MCSについて行政による研究会が検討を行う理由について、MCSが存在するか否かが問題になっているからだと明言しています。存在するならば、個別の患者への適切な対策が必要になります。
 しかし、同報告書の結論は、どっちつかずです。「環境中の種々の低濃度化学物質に反応し、非アレルギー性の過敏状態の発現により、精神・身体症状を示す患者が存在する可能性は否定できない」ものの、本当に「低濃度化学物質に反応」しているタイプや、「化学物質の暴露を全く受けていないにも関わらず…MCSと刷り込まれたタイプ」などが「混在している」可能性があるとしています。ゆえに、各タイプを区別する検査法、診断基準、治療法の確立が必要だと指摘しています。そのうえ、MCSは「発症メカニズムをはじめ、科学的には未解明な点が多い」「研究の更なる推進が必要」という、発症者には“聞き飽きた”表現も並んでいます。MCSを否定できないものの、認めたくもない、という、報告書の筆者の意図が伝わってきます。
 この報告書は、本文はごく短く、他の大部分は、報告書の作成の資料とされた多くの論文で占められています。これらの論文は、MCSの存在に肯定的なもの、否定的なもの、中立的なものと、さまざまあり、現在の日本でこの病気がどう議論されているのかを知ることができる意味で興味深いです。特に、発症者とそうでない方々のグループの比較などから、化学物質過敏症は精神疾患とは異なるという結論を明快に導き出した、熊野宏昭先生(東京大学大学院・心身医学)らの論文など、たいへん印象的でした。
 このように、いろいろな分野、立場の医師が集まって検討することは、相互検証としての意味は大きいと思います。しかし、医学も他分野の科学と同様、研究者によって立場や意見の違いはあります。すでに存在が認められている病気について、同じ患者を違う医師が診ても、診断や対処法などが異なる場合もあります。ですから、いろいろな立場の研究者が集まって、一つの病気の存否について明確な結論を出すこと自体が、少々無理だったと言えなくもありません。
 行政が貴重な税金を使って対策を行う前提として、病気そのものをキチンと研究することは、もちろん必要です。しかし、学問的に異なる立場を超えてまで見解を統一しなければ、対策を取れないというものではありません。または、発症メカニズムを100%解明しなければ、対策を取れないというものでもありません。精神疾患やアレルギー疾患など、発症メカニズムが完全に解明されていないのに、病気として認められているものは珍しくありません。
 今回、環境省の報告書も、厚労省の報告書も、MCSを「否定できない」と口をそろえています。現実に目を移せば、大勢の発症者たちが、公的な支援をほとんど受けられないまま、放置されています。また、厚労省報告書に掲載された、素晴らしい論文の数々を読めば、MCSについて、ほとんど証明されつつあると評価して良い水準に達していると言えるのではないでしょうか。
 国は、これ以上の引き延ばしを行わず、研究の更なる推進と並行して、発症者対策に本格的に乗り出すべきです。

 

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