「学校環境衛生の基準」の改訂作業を行っていた文部科学省は、2月5日、改訂した新しい基準を各都道府県教育長などへ通知しました。
学校の教室など室内についての従来の基準は、浮遊粉じん、細菌、換気などが対象で、化学物質濃度は含まれていませんでした。いわゆるシックハウス、シックスクールが社会問題化し、厚生労働省が室内空気濃度の指針値を策定したことから、室内空気の化学物質濃度も盛り込むことになりました。具体的には、ホルムアルデヒド、トルエンについて(「必要な場合」にはキシレン、パラジクロロベンゼンも)年1回、定期検査を行い、基準値(=厚生労働省の指針値)を超えていたら、換気の励行、発生原因究明と発生抑制の対策を行うとしています。
校舎を新築、改築、改修した際には、これら4物質の濃度が基準値以下であることを確認させたうえで、業者から引き渡しを受けることとしました。また、机やいす、コンピュータ等、備品を入れたため、化学物質が発生する恐れがある際にも、臨時検査を行うよう定めています。
新基準は今年4月1日から適用されますが、定期検査については「学校の設置者等の判断により、地域の実情に応じ、順次計画的に実施できることとする」となっています。これは、昨今の自治体の財政難等を念頭に、開始時期をある程度、自治体の裁量に委ねるという意味のようです。
厚生労働省が、新たな物質の指針値を次々と設定していることから、文部科学省も、その動向を見ながら、今後必要に応じて再改訂していくとのことです。
新築・改装時の測定や、定期的な測定など、従来何も基準がなかったことに比べれば前進と言えます。しかし、この基準は新たなシックスクール被害の予防には効果がある可能性もありますが、すでに化学物質過敏症になった子供が元気に通学できる水準ではなく、教育現場がそこを混同して「基準を守っているのだから問題ない」と、患者の子供や親からの訴えを突っぱねるようなことがあっては困ります。この点の周知徹底を、文部科学省に求めたいと思います。
学校内空気質の調査結果
今回の改訂の参考とするため同省は、全国7都道府県の50校を対象に空気質測定調査を行い、その結果を昨年12月に公表しました。
調査では、普通教室、音楽室、体育館、保健室などで、2000年9〜10月(夏期)と、2000年12月〜2001年2月(冬期)に測定。その結果、厚生労働省の指針値を超えた割合が大きかったのは、ホルムアルデヒド(指針値0.08ppm)が夏期の午後で278カ所中12カ所(4.3%)、トルエン(同0.07ppm)が冬期の午後で260カ所中4カ所(1.5%)でした。一方、キシレン(同0.2ppm)とパラジクロロベンゼン(同0.04ppm)について、指針値を超えた教室等はゼロでした。
以上の通り、指針値を超えた教室等の数が極めて少なく、この結果が実態通りなら、子供たちは、比較的良好な環境の中で過ごしていることになります。しかし、他の調査事例などから考えて、この結果は実態よりも良すぎると思われます。
良すぎる理由として、まず「夏期」の時期を9〜10月にしたことがあると考えられます。9〜10月は常識的に夏ではありません。気温が低ければ当然、化学物質の揮発量も少なくなります。
測定条件の問題もあります。厚生労働省は、新築住宅の場合、30分間換気後に5時間以上閉め切った状態で30分間空気を採取し、既に住んでいる場合は24時間採取することを奨励しています。しかし、この調査では、換気、閉め切りはせず、児童生徒が通常の生活をしている時間帯の午前、午後に各1回、30分間採取しました。これでは、測定値と指針値は単純に比較できません。
文部科学省によると、児童生徒が通常の生活をしている状態での実態を調べるのが目的なので、そういう方法にしたそうです。それならば、それぞれの採取時や直前の換気状態、気温などの測定条件を付記すべきですが、調査結果には示されていません。時間と税金をかけて得たのに、あまり意味のないデータになっています。
問題のある測定方法
さて、冒頭に記したように、新しい「学校衛生の基準」では、ホルムアルデヒドとトルエンについて年1回の定期測定を行い、「必要な場合」に、キシレン、パラジクロロベンゼンについても測定することとしました。前者の2物質と後者の2物質の扱いが違う理由を、文部科学省の担当者は「実態調査で、キシレン、パラジクロロベンゼンが指針値を超えた教室等がなかったから」と説明しています。疑問が残る調査結果が、そのまま新しい基準作りに反映されています。
また、毎年1回の定期測定は「著しく低濃度なら次回は省略可」となっています。「著しく低濃度」とはどれくらいか、やはり担当者に質問したところ、「おおむね指針値の半分ぐらい」との回答でした。
新基準は、測定する空気の採取方法について、実態調査と同様に「通常の授業時と同様の状態で」としています。「通常の授業時」というだけで、具体的な条件を決めていないのですから、極端な例をあげれば、夏に窓を全開して化学物質が外気で薄められた「室内空気」を採取し、その結果が指針値の半分でも「著しく低濃度」となるわけです。これでは、ほとんどの学校で定期検査が実施されなくなることも懸念され、新たなシックスクール被害の予防効果にすら疑問符がつきます。
厚生労働省の指針値は、絶対に安全であるという水準ではなく、1997年6月の「快適で健康的な住宅に関する検討会議・健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会報告書」においても、「化学物質過敏症の存在を否定することはできないので、当面は、室内空気環境中の化学物質を可能な限り低減化するための措置を検討」することが適当であるとしています。化学物質への感受性が高い児童生徒への基準値は、もっと低い濃度にすべきとの議論もあります。
指針値の半分という“高い”濃度で、定期測定を免除することは、非常に疑問です。
パラ剤は使用禁止を
以上のように心配な点もありますが、新築・改装後等の空気測定を定めたことなどには意味があります。定期検査も「著しく低濃度」と決めつけずに継続し、指針値にとらわれず出来る限り低減させる対策を取れば、より安全な校内環境づくりにつなげることは出来るでしょう。
なお、文部科学省の実態調査では、トイレでのパラジクロロベンゼン濃度測定も行われ、消臭剤を使用しているトイレでは5カ所中4カ所中で指針値を超えました。消臭剤(いわゆるパラ剤)を使用すべきでないことについて、この調査ではっきりと結論が出たと言えるので、文部科学省は使用しないよう指導すべきと考えます。
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