会報第5号(2002.2.20)

建築基準法改正案提出へ 
    網代 太郎 (CS支援センター事務局長) 
 

国土交通省の社会資本整備審議会は1月30日、シックハウスの予防のために、ホルムアルデヒドとクロルピリホスを発散する恐れがある建材の使用を制限すべきとの答申をまとめました。答申に基づき、同省は今国会に、建築基準法改正案を提出するとのことです。
 答申は、同省などが2000年度に行った住宅の実態調査結果から「新築住宅等の中には化学物質の室内濃度が厚生労働省の指針値を超えるものが依然として多数存在」しているとの認識に立ち、抜本的な改善のために新たな規制が必要だと指摘しています。
 新たなシックハウス被害の相談がCS支援センターにも寄せられ続けている中、シックハウス予防策の一つとして、法規制は不可欠と言えます。
 どのような法規制を行おうとしているのか、答申の主な内容を、ここでご紹介いたします。

 濃度規制は行わず 
 答申によると、規制によって実現を目指す室内濃度のレベルには、厚生労働省の指針値を採用するとのことです。ただし、

  • 指針値が設けられている13物質のうち、各種の実態調査で、実際に濃度超過が報告されているのは、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼン、クロルピリホスおよびテトラデカンの6物質である
  • これら6物質のうち、ホルムアルデヒドとクロルピリホスは、建築材料等の発生源のデータや、発生源の状況から室内濃度を予測する理論について、他の物質に比べ調査研究が進んでいる
・・・などの理由により、規制する物質は当面、ホルムアルデヒドとクロルピリホスの2物質とし、トルエン、キシレンなど他の化学物質については、さらに調査研究を進め、規制対象への追加を検討するとしています。
 厚生労働省の指針値を採用すると言っても、この指針値に基づいて室内濃度を規制するのではありません。
 この答申は、
  • 室内濃度は気象条件等により変動するので、平均的に指針値を超える建物でも、測定時の条件次第で基準を満たす場合も生じる
  • 室内濃度の測定は、建材規制に比べて大きなコストが必要
・・・として、室内濃度による規制でなく、建材や換気設備等によって規制すべきだとしています。
 また、規制の対象は、住宅、学校等、全ての建築物の居室としています。

 建材と換気設備等で規制 
 ホルムアルデヒドを発散する恐れがある建材は、「居室を面的に被覆している主要な部分(たとえば、内装材、押入、建具等)」が規制対象になります。そして、発散量に応じた建材の等級と、その部屋の換気設備(または機密性・換気量)の組み合わせ等に応じて、建材の使用面積を制限するとしています。
 ただし、発散量が少ない古い建材や、特殊なコーティング等により発散が抑制されている建材の採用、または、特別な空気調和設備の設置により、濃度超過の恐れがない場合は、規制の対象外になるとのことです。
 また、クロルピリホスを発散する恐れがある建材については、「居室の周囲の部分のうち、壁、柱等の構造体、廊下、床下、天井裏、小屋裏等を含む広範な部分」を対象に、使用を禁止するとのことです。

 民主党の法案と比べると 
 答申に沿って建築基準法が改正されても、規制されるのは当面2物質だけであることなどから考えて、シックハウス被害がただちになくなることはないでしょう。しかし、法規制がまったくない現在と比べて、被害発生の予防にそれなりの効果が期待できると思われます(なお、答申は、新たな被害の予防が目的とみられ、すでにCS等を発症している方については、別の施策が早急に必要であることは言うまでもありません)。
 法規制に実効性を持たせるには、現場でチェックできるかどうかが大きなポイントです。前回の会報で、民主党のシックハウス対策法案をご報告いただきました。同法案では、住居については新築時における濃度測定を義務付け、加えて、一定規模以上の公共建築物には定期的な濃度測定を義務化しています。濃度の超過があった場合はハウスメーカー側等に改善を求められます。チェックの方法は、比較的明瞭です。
 これに対し、答申に沿った建築基準法改正の場合、どんな等級の建材を何m2使ったかを、現場でチェックすることが難しくなる場合も予想されます。たとえば建材に等級が印刷されていても、仕上げにより見えなくなります。接着剤も、どのようなものが使われたかユーザーが調べることは極めて困難です。正確なデータを積極的に公開するというメーカー側の“良心”が頼りの法規制なら、心許ないです。
 答申ではまた、ホルムアルデヒドの揮発を抑制するコーティングがされていれば規制対象から外すとしています。これは、結果的にコーティングを奨励することになりかねません。コーティング材によっては、当面は規制の対象にならない化学物質が揮発し、シックハウスを引き起こすことも考えられます。
 答申は、濃度規制について「社会的コストが大きい」としています。現状で室内空気濃度を測定する人の大部分は、シックハウス被害を受けた方々でしょう。被害者は被害が出た家以外に住める家を確保しつつ、治療や空気測定などの対策に追われ、莫大なコスト負担を強いられます。つまり現状は、本来必要な「社会的コスト」を被害者だけに押しつけているとも言えます。
 また、被害発生後の測定では、建物自体が原因か、後で持ち込んだ家具等が原因か、はっきりしないという問題は、答申に基づく法規制でも解決されません。
 最初は簡易的な測定を行い、問題になりそうな場合のみ本格測定するなどにより、空気測定を義務化してもコストを減らすことは可能です。課題である、気象条件等による濃度変化の扱い方の研究も進んでいます。
 法規制がより有効なものになるよう、今後提出される法案が、答申よりさらに充実することを望みます。

 農薬は早急な規制拡大を 
 答申によると、クロルピリホスが事実上、使用禁止になるのは、評価できます。すでに、業界がシロアリ防除目的でのクロルピリホスの使用自主規制を決めていますが、法律で規制する意味は非常に大きいです。
 ただし、代替品のクレオソートを使ったシロアリ防除による被害等が増えているとの報告もあります。早急に規制の網を広げていく必要があると言えます。


「学校環境衛生の基準」を改訂
    網代 太郎 (CS支援センター事務局長) 
 

「学校環境衛生の基準」の改訂作業を行っていた文部科学省は、2月5日、改訂した新しい基準を各都道府県教育長などへ通知しました。
 学校の教室など室内についての従来の基準は、浮遊粉じん、細菌、換気などが対象で、化学物質濃度は含まれていませんでした。いわゆるシックハウス、シックスクールが社会問題化し、厚生労働省が室内空気濃度の指針値を策定したことから、室内空気の化学物質濃度も盛り込むことになりました。具体的には、ホルムアルデヒド、トルエンについて(「必要な場合」にはキシレン、パラジクロロベンゼンも)年1回、定期検査を行い、基準値(=厚生労働省の指針値)を超えていたら、換気の励行、発生原因究明と発生抑制の対策を行うとしています。
 校舎を新築、改築、改修した際には、これら4物質の濃度が基準値以下であることを確認させたうえで、業者から引き渡しを受けることとしました。また、机やいす、コンピュータ等、備品を入れたため、化学物質が発生する恐れがある際にも、臨時検査を行うよう定めています。
 新基準は今年4月1日から適用されますが、定期検査については「学校の設置者等の判断により、地域の実情に応じ、順次計画的に実施できることとする」となっています。これは、昨今の自治体の財政難等を念頭に、開始時期をある程度、自治体の裁量に委ねるという意味のようです。
 厚生労働省が、新たな物質の指針値を次々と設定していることから、文部科学省も、その動向を見ながら、今後必要に応じて再改訂していくとのことです。
 新築・改装時の測定や、定期的な測定など、従来何も基準がなかったことに比べれば前進と言えます。しかし、この基準は新たなシックスクール被害の予防には効果がある可能性もありますが、すでに化学物質過敏症になった子供が元気に通学できる水準ではなく、教育現場がそこを混同して「基準を守っているのだから問題ない」と、患者の子供や親からの訴えを突っぱねるようなことがあっては困ります。この点の周知徹底を、文部科学省に求めたいと思います。

 学校内空気質の調査結果 
 今回の改訂の参考とするため同省は、全国7都道府県の50校を対象に空気質測定調査を行い、その結果を昨年12月に公表しました。
 調査では、普通教室、音楽室、体育館、保健室などで、2000年9〜10月(夏期)と、2000年12月〜2001年2月(冬期)に測定。その結果、厚生労働省の指針値を超えた割合が大きかったのは、ホルムアルデヒド(指針値0.08ppm)が夏期の午後で278カ所中12カ所(4.3%)、トルエン(同0.07ppm)が冬期の午後で260カ所中4カ所(1.5%)でした。一方、キシレン(同0.2ppm)とパラジクロロベンゼン(同0.04ppm)について、指針値を超えた教室等はゼロでした。
 以上の通り、指針値を超えた教室等の数が極めて少なく、この結果が実態通りなら、子供たちは、比較的良好な環境の中で過ごしていることになります。しかし、他の調査事例などから考えて、この結果は実態よりも良すぎると思われます。
 良すぎる理由として、まず「夏期」の時期を9〜10月にしたことがあると考えられます。9〜10月は常識的に夏ではありません。気温が低ければ当然、化学物質の揮発量も少なくなります。
 測定条件の問題もあります。厚生労働省は、新築住宅の場合、30分間換気後に5時間以上閉め切った状態で30分間空気を採取し、既に住んでいる場合は24時間採取することを奨励しています。しかし、この調査では、換気、閉め切りはせず、児童生徒が通常の生活をしている時間帯の午前、午後に各1回、30分間採取しました。これでは、測定値と指針値は単純に比較できません。
 文部科学省によると、児童生徒が通常の生活をしている状態での実態を調べるのが目的なので、そういう方法にしたそうです。それならば、それぞれの採取時や直前の換気状態、気温などの測定条件を付記すべきですが、調査結果には示されていません。時間と税金をかけて得たのに、あまり意味のないデータになっています。

 問題のある測定方法 
 さて、冒頭に記したように、新しい「学校衛生の基準」では、ホルムアルデヒドとトルエンについて年1回の定期測定を行い、「必要な場合」に、キシレン、パラジクロロベンゼンについても測定することとしました。前者の2物質と後者の2物質の扱いが違う理由を、文部科学省の担当者は「実態調査で、キシレン、パラジクロロベンゼンが指針値を超えた教室等がなかったから」と説明しています。疑問が残る調査結果が、そのまま新しい基準作りに反映されています。
 また、毎年1回の定期測定は「著しく低濃度なら次回は省略可」となっています。「著しく低濃度」とはどれくらいか、やはり担当者に質問したところ、「おおむね指針値の半分ぐらい」との回答でした。
 新基準は、測定する空気の採取方法について、実態調査と同様に「通常の授業時と同様の状態で」としています。「通常の授業時」というだけで、具体的な条件を決めていないのですから、極端な例をあげれば、夏に窓を全開して化学物質が外気で薄められた「室内空気」を採取し、その結果が指針値の半分でも「著しく低濃度」となるわけです。これでは、ほとんどの学校で定期検査が実施されなくなることも懸念され、新たなシックスクール被害の予防効果にすら疑問符がつきます。
 厚生労働省の指針値は、絶対に安全であるという水準ではなく、1997年6月の「快適で健康的な住宅に関する検討会議・健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会報告書」においても、「化学物質過敏症の存在を否定することはできないので、当面は、室内空気環境中の化学物質を可能な限り低減化するための措置を検討」することが適当であるとしています。化学物質への感受性が高い児童生徒への基準値は、もっと低い濃度にすべきとの議論もあります。
 指針値の半分という“高い”濃度で、定期測定を免除することは、非常に疑問です。

 パラ剤は使用禁止を 
 以上のように心配な点もありますが、新築・改装後等の空気測定を定めたことなどには意味があります。定期検査も「著しく低濃度」と決めつけずに継続し、指針値にとらわれず出来る限り低減させる対策を取れば、より安全な校内環境づくりにつなげることは出来るでしょう。
 なお、文部科学省の実態調査では、トイレでのパラジクロロベンゼン濃度測定も行われ、消臭剤を使用しているトイレでは5カ所中4カ所中で指針値を超えました。消臭剤(いわゆるパラ剤)を使用すべきでないことについて、この調査ではっきりと結論が出たと言えるので、文部科学省は使用しないよう指導すべきと考えます。

 

 

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